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~EXOFIELD THEATERで浸る映画の世界~

XP-EXT1 /ラストレター 2021.April

XP-EXT1 /ラストレター
公式サイト

そのフィルモグラフィから「映像の詩人」という異名を持つ映画監督・岩井俊二。しかし彼の作品は映像と同様、音響にも大きなこだわりが込められていることをご存じだろうか。いずれも派手なサラウンド効果こそないものの、セリフ・効果音・音楽が渾然一体となった繊細な音響演出で群を抜いている。

近作で印象的だったのは、2016年公開の『リップヴァンウィンクルの花嫁』。これは新婚早々に夫に浮気され、逆に家を追われてしまったヒロインが、新たな世界へと踏み出していく。一風変わったヒューマンドラマであるこの作品は、驚くことにドルビーアトモス音声で仕上げられていた。「アトモスはすごい。ステレオと5.1chぐらいの差がある」と岩井監督自身が語っていることからも、音響演出に並々ならぬ思い入れがあることがわかるだろう。

しかしアトモス環境を備えた観客は決して多くない。そんな配慮からなのか、この作品のBlu-rayにはアトモス音声に加え、「KISSonix (キスソニックス) 3D」なる方式の2ch音声が収録されていた。これは2本のスピーカーやヘッドホン再生でも、アトモスに匹敵するサラウンド効果が得られる方式で、その威力には心底驚かされた。

そして今回ご紹介する『ラストレター』にも、5.1chサラウンド音声とともに、この KISSonix 3D方式の2ch音声が収録されている。筆者が本作のBD制作を依頼された際に、真っ先に思い浮かんだのがKissonix音声の収録。しかし企画会議の席上で、すでに岩井監督がBD用にこの音声データを準備していると聞き、思わず「やった!」とガッツポーズしたことを思い出す。

高校時代、未咲(広瀬すず)に恋していた鏡史郎(神木隆之介)。しかしそんな鏡史郎に恋心を抱いたのは、未咲の妹・裕里(森七菜)だった・・・。そして時は流れる。「ある理由」で亡くなった未咲の葬儀で、今は二児の母親になった裕里(松たか子)は、未咲の娘である鮎美(広瀬すず・二役)から、未咲宛の同窓会の招待状を受け取った。

未咲が亡くなったことを級友に伝えるべく、同窓会に向かった裕里は、しかし未咲本人と勘違いされてしまう。さらにはその場で、初恋の相手・鏡史郎(福山雅治)とも再会し・・・ちょっと奇妙な「文通」が始まることに。

XP-EXT1 /ラストレター

これは「手紙」が織りなす珠玉のラブストーリーであり、1995年公開の岩井監督のブレイク作『Love Letter』へのアンサー的な作品にもなっている。また、今をときめく『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の庵野秀明監督が、裕里の夫である漫画家役で出演しているのも面白い。

本作の映像は岩井作品らしい、淡い色使いとデリケートな階調表現の妙に唸る。劇場公開時には映写機の関係か、やや白のピークが詰まった印象も受けたが、このBDはキュー・テック社が誇る高画質システム・FORSを採用したこともあり、抜けの良いコントラストで透明感あふれる映像を実現出来ていた。これこそ岩井監督の狙った画作りに違いない。

そして岩井監督自ら担当した音響演出も素晴らしいのひと言。例えばチャプター(CH)8、高校時代の未咲と鏡史郎が初めて言葉を交わすシーン。風邪を引いている未咲がマスクを外し、鏡史郎に初めて素顔を見せた瞬間に、小川のせせらぎや風の音が無音になり、ひぐらしの声だけが音場に響き出す。

そしてCH11、大人になった裕里から、鏡史郎が未咲の死を告げられる瞬間にも、ひぐらしの声が強調される。「鏡史郎が恋に落ちた瞬間」と「未咲と二度と会えないことを悟った瞬間」を、ひぐらしの声が繋ぐ演出になっているのである。

CH13、居酒屋で鏡史郎と、未咲のかつての夫である阿藤(豊川悦司)が会話するシーン。鏡史郎が阿藤に責められていくに連れて、店内の野球中継の音が大きくなっていく。そしてその音は、鏡史郎が店を出て歩き始めてもはっきりとサラウンドに残り続けて、あたかも彼の心のざわめきが止まらないことを表すかのよう。

さらに終盤、未咲の仏壇の前で、未咲との思い出を鮎美と鏡史郎が語り合うシーンでは、時計の針の音がさりげなくサラウンドし続けることで、「失われた年月」を印象的に表現していた。このように、さりげない環境音の数々がキャラクターたちの言外の心情を見事に代弁する、巧みな表現が全編にあふれているのだ。

この音響デザインを、今回はXP-EXT1で「5.1ch音声+EXOFIELDE(エクソフィールド)ON」と「Kissonix 2ch音声+EXOFIELDE OFF」を切り替えながら再生してみた。

もちろん5.1ch音声がオリジナルなので、前者の方が岩井監督が意図した音響デザインに近いことは重々承知。その上で、後者での2ch再生でも立体感は驚くほど豊かで、セリフと音楽を力強く再生する本機のキャパシティ改めて実感することができたことは特筆しておきたい。

どうしても「ヘッドホンでドルビーアトモス」が注目されがちな本機だが、ヘッドホンとしての基本中の基本、2ch再生の抜かりないクオリティにもぜひ注目して欲しいところだ。

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